Fw: 濱崎先生の追悼文mat
それも、今から十年以上前のことになります。
稽古をご一緒できた時間は決して多くはありませんでしたが、先生のあたたかいお人柄と、相手に寄り添うような指導の姿勢は、今でも心に深く残っています。
道場にいらっしゃるだけで場の空気が和らぎ、安心感のある先生でした。
もっと稽古をご一緒し、学びたかったです。
先生から受け取ったご縁と学びを、これからも大切にしていきたいと思います。
謹んでご冥福をお祈り申し上げます。
稽古をご一緒できた時間は決して多くはありませんでしたが、先生のあたたかいお人柄と、相手に寄り添うような指導の姿勢は、今でも心に深く残っています。
道場にいらっしゃるだけで場の空気が和らぎ、安心感のある先生でした。
もっと稽古をご一緒し、学びたかったです。
先生から受け取ったご縁と学びを、これからも大切にしていきたいと思います。
謹んでご冥福をお祈り申し上げます。
Fw: 浜崎先生ありがとうございました。mat 続きを読む »
sug
出来が悪い教え子だったため、濱崎先生にはよく叱られた覚えがあります。
技ももちろんですが、特に審査の時、審査を受ける方の受けをとった時は、審査後の直会で「勝手に飛ぶな」とよく叱られました。
なぜ「怒る」という言葉ではなく、「叱る」という表現になるのか。
濱崎先生をご存じの方なら、皆さんご理解されてると思います。
言葉の意味を調べると、感情をぶつけるのが「怒る」、相手を良い方向に導くのが「叱る」とあります。
濱崎先生は、その言葉通り、道場の皆さんを導くために、叱ってくださる人でした。
もう二度と叱っていただけない、こんなに寂しいことはありません。
心からの御冥福をお祈りします。
私はせいぶ館に入会して大体20年弱になりますが、残念なことに段をいただいた
あたりから日曜日の稽古に出ることが難しくなったため、年期の割には浜崎先生
に直接稽古をつけてもらった経験があまりありません。なので先日の会の時に浜
崎先生に稽古をつけてもらった話を聞いて、大変羨ましく、またもったいないこ
とをしたと感じました。私にとっては浜崎先生の思い出で一番印象に残っている
ことは審査の時に毎回のように「手から気が出ていない」など厳しい講評をいた
だいたことです。でも次の審査の時には少しでも良い評価をしてもらいたいと思
って頑張ったことが、合気道を続けていくことの励みになっていたのだと思いま
す。それと、直会の時に「私の会員証はこんなになっているんやで」と屏風のよ
うに何十にも折り畳まれた会員証を自慢げに見せてくれたことがあり、「あんた
も頑張って続けていくんやで」と伝えてくれたのだと今感じています。これから
も先生の期待に応えて、体の動く限りせいぶ館のみんなと合気道を続けて、輪を
広げていこうと思います。
私が合気道を始めたのは、今から五十年前、精武館でした。現在の「せいぶ館」の壁には、当時の道場名板が今も飾られています。
それを見るたびに、初めて道場の畳に足を踏み入れた日のことが、昨日のことのように思い出されます。
当時の精武館は剣道場が主に使われており、曜日は確か火曜日だったと思います。
稽古の前後には畳の上げ下ろしがあり、それも稽古の一部のように感じていました。土曜日は夕方から、日曜日は午前十時頃から稽古があり、
終わる時間は決まっておらず、正午を過ぎることもあれば、十三時を回ることもありました。昇段・昇級の審査も、年に一度あるかどうか分からないような時代でした。
指導は、横田先生と濱崎先生が中心だったと記憶しています。
横田先生の四方投げはとにかく厳しく、受身が取れないほどで、恐ろしく痛い小手返しや、関節がきしむような二教を、何度も味わいました。今思えば、それもまた貴重な経験でした。
濱崎先生は、技の数こそ多くはありませんでしたが、その一つ一つが深く、忘れがたいものでした。
とくに「誘いの手」についての教えは、私の合気道人生の原点となっています。
合気道で最も大切なのは、相手に自然と手を取らせること。
その技術を、濱崎先生は身をもって教えてくださいました。
あの手の出し方、間の取り方、そして相手を導く感覚は、今も私の中に生き続けています。
これからは、濱崎先生から学んだこの教えを、後輩たちに伝えていくことが、自分に与えられた役目なのだと思っています。
濱崎先生、長年にわたるご指導に、心より感謝申し上げます。
どうか安らかにお眠りください。
子供を産んでから長く道場に通えない月日があったので、そんなに多く一緒に稽古をできなかったけれど、私はこうしてまたせいぶ館で合気道をさせてもらえている。みんなの心の中に穏やかにいる微笑んでいる濱崎さんが、自分のせいぶ館の原風景の中にもいてくれること。そのことはきっと、私がここでこうしていられることに繋がっているんだな。12/7に道場の方々が濱崎さんへの想いを話されているのを聞いて、改めてじんわり感謝の気持ちを抱きしめる。
濱崎さん、ありがとうございます。
私がそちらに行ってお会いできたら、稽古をつけて下さい。
「な?不思議やろ?」って。
ご冥福をお祈りいたします。